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無くなってしまうものを、残すためにできること ー 八王子、街と織物語り ー

ここ3年ほど、なにがなんでもこの景色を描きたいと思ったことがなかった
全くとまでは言わないけれど、5回もなかった

久しぶりに出会えた
描きたい・・と心の奥からの叫び
「描いていいのかぃ、描けるのかな、果たして・・」
などと言わず、えぇい描いてしまえ
人生一度きり、千載一遇の機会
のんびりしていると気持ちも萎む

というわけで、織物工場見学のイベントを知りすぐに申し込み
この一(イチ)早い行動は功を奏し
今じゃ、満席、完売御礼、有料イベントではないが
ヨカッタ、改めて自分を褒めちぎりたい
いつも、もたもたと決断できなかったのは
本当にやりたいことではなかったからだ
まぁ、それはともかくとして
八王子は織物とは切っても切れない街
少し前に、「つくるのいえ」
開催された中野上町街歩きイベントに参加し
織物工場、オーダーメイド家具、染工場、和菓子屋などを巡った
天井高く鎮座する織り機をみて、なんだこれはと感動した

織物産業で成り立っていた街も時代の移り変わりと共に衰退の一途を辿り
たくさんの“のこぎり屋根“の工場が壊されたであろう
この見学会の舞台となっている工場も来年1月には解体が決まっている
「もったいないなぁ、なんとか残せないものか」と、思ったが
残すためにそれを背負うことを誰かがしなければならないだろうし
一番いい選択なんてないんだろうなと
建物としての姿は無くなってしまうが
それぞれが記憶のなかに留め、意識の中に表象することはできる
また2022年3月公開予定
「街と織物」VRギャラリーとしてデジタルの世界で体現できるようになりそうだ

この工場には建物とともに物語がある
工場で働く女工さんたちとオーナーである社長家族とが紡いできた思い出
今の時代にはない、その時の生活風景を想像し
ポワ〜ンと心があったかくなるようなハナシ
古き良き、とはいうけれど
本当にそんな感じ

昭和36年、16歳で青森から集団就職のため上京し工場で女工として働いていたツギ子さん
住み込みで働く暮らしは、嫌なことが1つもなく
青森へ帰りたいと思ったことはなかったそう
朝起きれば、朝食が準備され、休み時間には華道を習い
仕事が終われば自由に過ごせ、川沿いを散歩したり、恋人と映画を観たり、消灯後みんなで
おしゃべりしたり、聞いてるだけで楽しくなる
大晦日にはみんなで集まってコタツに入り、紅白歌合戦を観る
なに一つ不自由がなかったそうだ
場内にある卓球台は、今でいう福利厚生だなと話してくれたのは、ツギ子さんの夫(織物工場社長の弟)
人と人とが繋がるような仕組みがちゃぁんとできている
ストレスの原因はほぼほぼ人間関係によるもの
ほんの少し声を掛け合うだけで、意外と簡単に解消される
狭い道で人とすれ違う時ですら、ちょっと笑顔で挨拶すれば
今日はいい日だと思える時がある

便利な世の中になったけれど、不便だったからこそ人との繋がりがあり
そこに価値も生まれていたはずで
便利と引き換えに失ったものもあるだろう
だからといって、不便な生活に戻ることは難しい
織り機を交え、いろんな人、時代が動いていったのかな

そんな人心地を感じる空間(工場)だからこそ
絵で残したいと思った、自分のためにも
少々寒かろうが、腹が減ろうが、立ちっぱなしで腰が痛かろうが
キザな言い方だが
描くことで、心にしっかりと刻まれていくンだ
当時の様子も垣間見えてくるから不思議なもんだ
やっぱりこういう場所を描いてると
自然と絵も温かくなる
いい空間であったことは違いない

のこぎってるねぇ〜
青空に赤いギザギザ屋根が映える

潜入開始、エントランスから母家までのアプローチを進む。向かって右側にある柿の木は、日本の原風景

見学まで時間があり、しばし散策(ポイント探し)

おっと、ココいい。この入り組んだ空間は台所の反対側
バケツフェチにはたまりませぬ無造作すぎて

見学会が始まった。工場内潜入の前に概要を聞く

工場内鳥瞰図
さぁ工場内へ

日中安定した光源を得るため天窓は全て北向き

これは、圧巻

二階の窓から、のこぎり屋根を見おろす

戦前のガラスを使った木製の窓は少しザラついたいい風合い

コンクリート製の屋根
水がたまると、苔が生えてくる。屋根に苔、ジブリやないか

炊事場
かまど、タイルに萌える
当時おかみさんは一人で何十人もの料理を作り、もてなしていたんだとか

記憶として刻まれた

部屋からガラス越しに場内が一望できる、この景色ほんとイチオシ。夕暮れ時はさらにイイらしい。

何度もゆるキャラちゃんの名前聞いたのに、忘れる始末

さて、ところで、ワタクシの原風景とは・・・
小学生の頃
同じような風景が身の回りの生活の中にもあった
クリスマスから年末にかけ
ワクワク、ザワザワして心が踊った
心臓のポンプがドクドクし
全身の血液が勢いよく巡っていた
クリスマス、枕元にプレゼントが届く
そこから一気にクライマックス、大晦日へと向かう
31日、PM6:00前『日本レコード大賞』に備えコタツで待機、もちろんベスポジを確保
(弟が生まれてからは、このポジションが危うい時もあった)
手巻き寿司、母によってさばかれたブリの切り身、ナメコなど
正月らしい物が並び始め
そして
地域がらでもなかろうが
我が家はなぜか“暮れ“からお節料理を食する風習があり
小さいコタツの上は料理でいっぱいになった
誰がレコード大賞を取るのか、誰が歌がうまいだのといいながら食べる寿司は
死んでもいいくらい本当に美味しいと思った
レコード大賞が終わり、紅白歌合戦が始まるまでの短い時間
食べ終わった後の皿を一気に片付ける
流石に私も多少は手伝うのだが
番組が始まる前には、コタツに入って備えていたい
当時は食洗機もない時代、せっせと母が手洗いしていたと思う
文句も言わず
私だったら、なぜ自分ばかりがとぶつくさぼやきながら
食洗機に皿を収めているであろう
紅白歌合戦もトリの演歌歌手が歌い終わり、フィナーレの時を迎える
チャンネル変わらず「ゆく年くる年」
除夜の鐘を聞き、一人、二人と消えていく
年が明け日が経つにつれ、始業式のことを考えはじめると
段々と気持ちは沈む
心がザワザワし始める
この数日は本当に嫌いだった
早くまた年末にならないかなぁと約1年後の同じ時期に思いを馳せていた
今となっちゃ、1年があっという間に過ぎ去る
思いを馳せているともう2月、そして夏だ
2021年、特になにもしていないのに、「あっ」という間に1年が過ぎた

光陰矢の如し

気がつけば夏、だろうけれど
2022年も大切に日々を過ごすことにしよう

 

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