ブログ再開後、1週間があっという間に過ぎるようになった
小学5年生の頃にも同じようなことが
当時、わたしは急にピアノ教室に通ってみたくなり
母の知人でピアノを教えてくれる方がいて、習ってみることに
紙に描かれた鍵盤で、自主練するがそんなものが練習になるわけもなく
中古のピアノを買ってもらった
しかし何年か経つとレッスン日の金曜が憂鬱な日となった
衝動的に、飽きっぽいわたしが自分の意思ではじめたピアノのお稽古
段々と通うのが面倒臭くなり
自宅とは逆方向に向かわなければならないことが、何よりストレスで
一層どんよりとさせた(繰り返すが自分で選んだこと)
自宅での練習などするわけもなく
忌々しい金曜日となったため、1週間がアッ、という間に過ぎ
「また金曜か」という気持ちになった
ちょっとだけ似てるなぁ
ここまでネガティブではないけれど
できる限り連投していこう
「描く」ことに出会えたわたしは
何年か経つと個展をやってみたくなった
自分の作品が壁一面に展示されるのってどんな気持ちになるんだろぅ
2007年三鷹での初個展から
教室展を合わせると、5、6回開催した
公募展にも興味があったので、3回ほど出展した
2回目の個展の時、金(カネ)になる絵を描きたいなぁと思いだした
今思えば、なんだかいやらしい言葉
SNSも現在のように盛んではなく、わけもわからずとりあえずブログから初めてみた
初回の投稿(ムスコ君の絵)の際、見ず知らずの方が「緩やかタッチの線がいいですねぇ〜」とコメントしてくれた時は
本当に嬉しかった。
絵の仕事に繋がったのは2007年、近所で繕い物のお店をやっていたあつこさんとの出会い
お店の外観が可愛かったのでスケッチさせてもらう機会を狙い
ある日勇気を出してわけを話し、描かせてもらった
以来、あつこさんとの交流がはじまった
岡山から越してきたばかりの子育て真っ最中のわたしが家庭の悩みを話せる(あつこさんの雰囲気がそうさせた)
唯一の存在となり、入り浸ったものでした
布団カバー、コップを入れるための絞り袋など保育園で必要な繕い物を全てお願いした
しばらく経ってから、「あの絵を、買いたいんだけど」「お店に飾りたいのよねぇ」と
あつこさんの言い値10,000円で、わたしの絵が人の手にわたった
売れたことも嬉しかったけど、飾りたいと、言われたのが何より嬉しかった
わたしの絵って、飾れるの!?
その後、あつこさんを介して「日野宿寺社めぐり」のためのマップを描いてくれる人を
探す初老の男性2人と出会う
2人のうちの1人がなぜかあつこさんの店に入り浸るようになり、初老の男性が入るような雰囲気のお店ではないので
とても違和感を感じたが、わたしのときと同じようにあつこさんのもっている雰囲気がそうさせたのではないかと思う
初老男性1「誰かマップを描いてくれる人いないかなぁ」
あつこさん「絵を描く人(わたしのこと)なら知ってるわよ」
そんなわけで、日野駅界隈のマップを描かせてもらうチャンスが舞い込んできた
神社をめぐり、掲載するためのお店を探すため1人でロケハン
年々情報がバージョンアップされ計3回制作した
報酬も少しずつ上がり、最後のマップ制作の際には、「これで、最初の分も払えたかな」と
何がどうなるのかわからない人生
わたしのターニングポイント?
流されるままに身を委ねてみよーっと感じる2008年でした
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横尾忠則さんの個展「タマ、帰っておいで」が開催されていることをラジオで知り
早速日本橋の西村画廊まで出かけた
壁一面、愛猫タマで埋め尽くされていた
入院中の病院で描かれたキャンバスには、薬袋や、普通食など食事の内容を記したメモを貼って
その上に愛猫タマが描かれていた
あ〜こぉいうのいいなぁ
じっくり1枚1枚みていく、(なんだかわたしにも描けそう)と思ったのはほんの束の間の勘違い
全てみ終わる頃には、こんな作品一生かけても描けないなぁ・・・と愕然、落胆の気持ち
世界の横尾さんなんだなぁ
圧倒的なエネルギーと圧倒的なやさしさで包まれ
会場全体にタマへの愛が溢れていた
2人の穏やかな生活を想像し、羨ましくなった
最後まで見終わると、原画ご希望の方はスタッフまで、というメッセージ
(えっ、買えるの)
最初に戻り
もう一度全体を見渡す、じっくり見て回り、部屋に飾るとしたら・・と想像する
そして思い切って聞いてみる
「サイズによって価格が変わるんですが、たとえばこちらのサイズですと300まんえんになります」
(F6 407×320くらい)
わたしより3回りくらい若そうな女子が平然と答えてくれた
考えたこともなかったが、無知にも程がある、
しかし、これらの作品はこの会場で一斉に揃わないといけない気がする
1枚だけを部屋に飾ったところで(買えないけど)その作品の真意はわからないように感じるし
何より横尾さんとタマとの間には入り込む隙間がない
そんなタマとの日々を綴った画文集
「タマ、帰っておいで REQUIEM for TAMA」(講談社)
の中の一節
「猫の自己に忠実なわがままさは芸術家の学ぶべき姿勢だ。
ぼくはその猫の姿勢に学んでとうとう猫背と喘息になった。」
自己に忠実になろう